『芸術家・岡本太郎  浦島太郎    

0.まえがきに代えて−芸術は魂の表現

  古来、日本には「言霊(ことだま)」思想があります。言霊とは、人の発声す
る言葉 の中に魂が宿っている、という概念です。 さらには、山川草木総ての自然物の中に神々が宿っている、という概念、すなわち、汎神論という西洋の一神論と対比される日本固有の思想もあります。
言霊思想に対して「物霊(ものだま)」思想と言ってもよい考え方です。

  私は、本物の芸術家は自己の魂、精神を作品を通して表わす方の事だ、と感得しています。岡本太郎の総ての作品は、 氏の持つエネルギーを放射しており、それ故観る者の胸を打ちます。ある女性は氏の作品に触れて次のように語りました。
   「岡本太郎さんは生きています。初めて本物を見て涙が出ました・・・」

  私は、岡本太郎というヒトは希有な芸術家であったと思います。岡本太郎の為した仕事は、絵画、彫刻、モニュメント、 写真、民俗学、芸術思想人生論、芸能活動と多岐に渡っており、その一つ一つについては、氏の制作され、た公共施設や美術館に現存する作品、著書などを直接ご覧頂くことが最良です。

(※本文末に主要な作品を記述しましたので、是非、ご覧頂ければと思います。)
従って、次回からの本論考では、おもに岡本太郎という人間存在そのものに光を
当てることを主眼に書き進めていきたいと思います。
※絵画・彫刻 :「傷ましき腕」「座ることを拒否する椅子」など/岡本太郎記念館
   (東京都港区)岡本太郎美術館(神奈川県川崎市)
 モニュメント:「太陽の塔」「青春の塔」/万博記念公園(大阪府吹田市千里)
      「月の顔」/越前陶芸公園(福井県丹生郡宮崎村小曽原)   
      「縄文人」 / 岡本太郎記念館 (東京都港区)
     「未来を拓く」/岐阜メモリアルセンター(岐阜県岐阜市長良福光)
 写真     :「日本再発見−芸術風土記」新潮社
 民俗学   :「沖縄文化論−忘れられた日本」中央公論社(文庫有り)
 芸術思想  :「岡本太郎の本1〜5」みすず書房、「今日の芸術」光文社(文庫有り)
 人生論   :「自分の中に毒を持て」青春出版社(文庫有り)
 芸能活動  : CM”グラスの底に顔があってもいいじゃないか..芸術は爆発だ!「顔のグラス」キリ ン・シー グラム社

1.既成概念の破壊

  「今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」(「今日の芸術」光文社)
岡本太郎の言葉は、古代エジプトのスフィンクスのパラドクスのように、あるいは
禅の公案のように、私達の常識や認識を超えた地平線の彼方からやって来ました。
「岡本太郎の作品は理解を拒絶している。」岡本太郎は、鑑賞者にこう言われるの
がとても嬉しかったのではないか、と私は想います。岡本太郎は、既成のあらゆる
価値観を破壊してゆきました。岡本太郎は、あらゆる概念を否定し、その矛盾の中に
湧き出してくる無形、無垢なリアリティを表現しました。実は、そのリアリティとは、生命の息吹きであり、運動原理そのものでありました。
岡本太郎は、デカルト、ニュートンを始祖とし、高度に進歩を遂げた科学をもって
しても明らかに出来ない”生命の謎”に迫りました。作品に対峙した者は、そこに
生命が連綿と力強く脈打っているのを観ました。そして、それは自分自身の中心に
ある生命の炎でもあることを知りました。人々は近代的自我という殻を脱ぎ捨て、
岡本太郎を通じて、自己と対峙し、自己の根源から生きる力を取り戻しました。
  岡本太郎にとっての既成概念とは、本質を覆い隠している理性や論理体系そのものでもありました。 一方、モニュメント「未来を拓く」(岐阜メモリアルセンター)観れば、岡本太郎が、理性や論理体系を 基盤とする科学技術にも大いに価値を見い出し、高い次元で人々の生活、文化と科学との融合を望んでいたことも見い出されるのです。