「海」 谷川俊太郎
海はかつて神のものだった
だが海はやがて
勇敢なな探検家のものとなり
それらの人々のおかげで海は
この星のもの地球のものとなった
波打際で広い世界を夢見る
すべての少年のものとなった
海はかつてネプチューンのものだった
海はかつて孤独な海賊のものだった
だが海はいまだかつて
ひとつの国家のものだったことはない
そしてまた海は敗北の幻影におびえる
臆病者のものだったこともないのだ
「鳥」 川崎 洋
空は鳥を近くで飛ばしたり
遠くで飛ばしたり
けしつぶから消したり
空は鳥にそうしかしてやれなくて
我々は
「鳥が飛ぶ」
としかいいようがなくて
鳥よ
羽をまるごと外してみてくれないか
お前が空を滑れるのは
その我がもの顔加減は
羽があるから などと
そんなかんたんなことではないと
ぼくはそう思うのだ
「契約」 石原吉郎
森がおれをめぐっても
おそらく解決にはならぬ
だが
おれが歩くだけで
森は展開する
深いみどりのまま
行動が起きるときの
最も美しい
かたちとなって
森と
おれのあいだには
華麗な契約がある
だからおれは歩く そして
その時刻だ
「星」 吉野 弘
あまりに明るく
すべてが見えすぎる昼。
かえって
みずからを無(な)みするものが
空にはある。
有能であるよりほかに
ありようのない
サラリーマン一人は
職場で
心を
無用な心を
昼の星のようにかくして
一日を耐える。
(お詫び):このページはまだ作業の途中です。また少しずつ、ことばを増やしていきたいと思っています。どうぞお許しください。
佐久間勉遺徳顕彰文学賞実行委員会では、2002年に第1回「のこすことば文学賞を募集し、
その作品集を発行いたしました。
ここにその最優秀作品を紹介します。
最優秀作品 「病という名のあなたへ」 高間史絵(福井県春江町)
私は病(あなた)を恨んだ。辛いから恨まずにいられなかった。苦しい時は、この身を切り開いてあなたをつかみ出し、私は病(あなた)を恨んだ。辛いから恨まずにいられなかった。苦しい時は、この身を切り開いてあなたをつかみ出し、切り刻みたいと思う程に憎んだ。それでも事足りず、病(あなた)が遺伝性が高いと知ると、私は父を憎み、母をも憎んだ。それでも、祖母が病(あなた)に冒された時は、皆で母を助け、家族がひとつになれたことに、私は感動し、病(あなた)は優しさを教える為にこの世に存在しているに違いない、と確信した。名のに、いざ病(あなた)がわたしにふりかかると、わたしの中に優しさは生まれなかった。友達が、 「頑張ってネ」 と見舞ってくれると、「わたしの頑張りがたりないっていうのか」と悪態をついた。友達が、 「早くよくなってネ」 と励ましてくれると、「私がわざとゆっくりしているって言うのか」とひねくれた。、その上、同情はいやだと自分を出すことすら拒んだ。私は、周りの人が見えなかった。だから、病(あなた)を恨み続けることでしか、自分の存在も見えなかったのかもしれない。 でも、つい数日前、一人の友が16歳の若さでなくなった。突然のことで、誰もがこころを痛めた。私も苦しかった。その苦しみを、迎えに来てくれた母に話した。母は、 「どうして……」 というと、そのままずっと涙した。家に着く迄、母の頬が乾くことはなかった。祖父は「代わってやりたいだろうなあ」と家族を想い、父は「史絵は大丈夫か?」と、私を気遣ってくれた。その夜、寝付けぬ私の枕元に母が座り、私が寝つく迄、私の頭をずっと撫でてくれていた。涙をおし殺すように、時々途切れる母の鼻息が、私の肩を優しく抱いた。そんな世話のかかる私を。そう病(あなた)をひっくるめた私の全てを、誰もが大切に思ってくれていることを、私は強く感じた。 次の日の葬儀では、多くの人の、さまざまな悲しみがそこにあった。ひとつの命を、誰もがいとおしいと思っているのを、痛い程感じた。病(あなた)が、なぜ彼女を奪ったのかはわからない。しかし、その場の私は、たとえ自分が病(あなた)と一緒であろうと、いま、自分に命あることを感謝で図に入られなかった。 ある人が、「人の苦しみは、その人が乗り越えられる分だけ与えられる」と言った。ならば、病(あなた)が私の元にやってきたのは、私の周りには私を助けてくれる人がたくさんいるからなのだろうか。考えてみると、病(あなた)がいるから、私は一人ではないことを感じることができ、病(あなた)がいるからこそ、人にすなおに頭を下げることができるのかもしれない。かといって、私は病(あなた)を、好きではないのだと思う。そう、私は病(あなた)に負けたくない。でも、正直言って、治るはずもない病(あなた)と戦いたくもない。今となっては、病(あなた)がいる私こそが私であると思えなくもないから。だから私、これから先は、病(あなた)と仲良く生きていきたいなあ。ねえ、病(きみ)!仲良くやっていこう。そして、病(きみ)が見せてくれる私の決心(こころ)と、人の情(こころ)を探してみたいなあ |