ACT:1

 

 
 

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ボーカルTERUが語るメンバーとの出会い。

そして自分自身のこと。

 

GLAYは外側から見るかぎり、実に個性的な4人の

メンバーから構成されたバンドだ。そのGLAYを内側から

見たらどうなるのか。ここではボーカルのTERUに語って

もらうことで、メンバーの人となりを探ってみたいと思う。

 

 

公園のベンチに座ってると、自分の原点に

返れる気がするんです。

(以下TERU語り)

 

 ウチはカラオケ家族なんですよ。家族みんな演歌好きで。

僕も「氷雨」とかよく歌ってる、シブい中学生でした(笑)。

ボーカルをやるようになったのは、GLAYに入ってからです。

GLAYも最初はドラムで入ったんですけど、どうしても

ボーカルが見つからなくて。何人かは来たんですけどダメでね。

でも曲だけはできて行く。それでできた曲をウチのカラオケの機械で

僕が歌ってたら、それをTAKUROが聴いて、”TERUがボーカルで

いいじゃん”ということになったんですよ。

 

 いちばん影響を受けたボーカルは、氷室京介さん。

高校時代からずっとBOOWYは好きでした。

彼のステージに上がった瞬間のカリスマ性に惹かれますね。

もともとカリスマ性を持った人じゃないですか。

陰と陽があるとするなら、陰のカリスマ性というところにすごく憧れてた。

勝手に自分で、その人を想像するんです。

それで自分のイメージを膨らませて行けばいくほど、その人に

憧れを抱く。だけど、やっぱりそれじゃダメなんだと気づいたのは

高校3年生の時でしたね。人の真似じゃダメなんだって思ったんです。

 

 もともと僕は人に影響されるのがそんなに好きじゃないんですね。

野球をやっても、サッカーをやっても、何をやっても人の真似じゃ

イヤなんです。絵を描いたり、何かを作る時もそうなんですけど、

誰かがやってることはやりたくないんです。

TAKUROが自分の想いを歌に託すとするなら、僕はよく絵に託すん

ですよ。絵を描く事で、それを解消するんです。

昔はイヤな事があると、鉛筆でガーッと書いて、それで気を

紛らわせたりもしてましたね。よくファンのみんなから油絵の道具を

プレゼントされて、すごくうれしいんですけど、今は忙しくて

あまり描けないのが残念ですね。いちばん新しく描いたのは、

ファンクラブの会報に出した油絵。あれはライブが終わった時の

イメージなんです。あの時は、ファンの子たちに包まれているような気が

して。とても広いものが見えた感じがしたんですよ。

それで自分に羽があるとしたら、みんなは宇宙なんじゃないかな

という気持ちがして、あぁいう絵になったんです。

 

 オフの時は公演にいくのが好きですね。近所の、お母さんが子供を連れて

遊びに来るような公園で、ただベンチに座って木を眺めているだけでいいんです。

そうすると、いろんなことが考えられるんです。ふだんは、今度のライブは

大丈夫かなとか、次の雑誌ではどんな衣装を着ようかなとか、

そう言う事ばかり考えてるんですけど、公園のベンチに座って木を

眺めてると、地球の事とか、自然のことを考えたりしますからね。

何か自分の原点に返れるような感じがするんです。

 

TAKUROからはGLAYを大切にする気持ちを学びましたね。

 

 TAKUROと初めて会ったのは函館の桔梗小学校5年の時。

TAKUROが函館市内の他の学校から転校してきた時ですね。

最初はスポーツ刈りの背が高いやつだなというくらいの印象でした。

話をするようになったのは中学になってから。僕は中学で野球部、

TAKUROはサッカー部で。着替えをするのに更衣室がないので、

校舎の横で、野球部サッカー部合同で着替えをしてたんですよ。

そこで話をするようになって。

中学時代にTAKUROの家に遊びに行くと、よく彼はギターを

弾いてましたね。ジョン・レノンが好きだったみたいで、

ビートルズの曲を自分なりにコピーしてた。当時の僕は音楽に興味が

なかったので、まったく影響されずに(笑)。僕はスポーツ、

TAKUROは音楽。そういうこともあって、あまり会話ははずまなかった(笑)。

 

 よく話をするようになったのは、高校生になって、GLAYを結成してからですね。

TAKUROと僕は別々の高校で。僕の方は高校1年の時に先輩に誘われて

聖飢魔Uのコピーバンドでドラムを叩いてたんです。そんな時にTAKUROから

”いいたいことが山ほどあるから、どうしてもそれが言えるようなオリジナルの

バンドをやりたいんだ”って電話をもらって。で、一緒にGLAYをやろうよ!

ということになったんです。

 

 TAKUROは、最初からみんなを引っ張って行くリーダー・タイプでした。

自分のやりたい事に向かって、突き進んで行くし、やりたいことをうまく

転がして行くためにはどうすればいいんだろうと、隅々まで考える人間でね。

僕らが予想もしないことを、彼はいろんな雑誌から情報を吸収して、

それをGLAYに置き換えてやってたように思います。宣伝のために

ビラを作ったり。みんなに曲を知ってもらうためにはデモテープが必要だと

聞けば、まずはその資金作りのためにライブを企画して、チケットを

売りに歩いたり。行動力はとにかくすごかった。

 

 高校時代に、すでにTAKUROの中には、GLAYはこうじゃなきゃいけないという

ヴィジョンが見えてたと思うんです。そのために高校の時に、GLAY自体を

会社にしちゃったんですよ。レコード会社を作って、そのレーベルでテープを販売

したりしてましたから。頼もしいなと思いましたね。

 

 TAKUROからはGLAYを大切にするという気持ち、何がなんでもGLAYなんだ!

という気持ちを学んだような気がします。一生懸命やって、GLAYがもっと陽の当たる

場所に行くように頑張ろうという気持ちをね。もし高校3年生の時点で、

TAKUROが”やめようか”と言ってたら、”しょうがないね”って終わってたと思いますよ。

絶対に、今のGLAYはなかったと思います。

 

学生服にギターを背負って自転車に乗って来る姿が忘れられない。

 

 GLAYを始めてから1年後ぐらいに、TAKUROがもう1人ギターを入れたいんだけど、

という話をしてきて。写真を1枚見せてくれたんですよ。それがHISASHIだったんですね。

その写真が、すげぇかわいいやつで(笑)。

高校生の校則で、決められた長さで髪を立てて、袖を切ったシャツに安全ピンを

いっぱいつけて。なんだかすごくパンキッシュなやつだなと思ったことは、

今でもよく覚えてますね。

 

 HISASHIはTAKUROと同じ高校だったんですけど、とにかくギターがすごくうまいという

印象がありましたね。高校生ながらに、いろんな機材を持ってて。

学生服で自転車に乗りながら、ギターを背負ってくる姿は、普通の高校生なんですけど(笑)。

で、実際にギターを弾き始めると、ものすごくヘヴィな音を出すんです。

GLAYの中のTAKUROの存在感というのはギタープレイヤーとしてじゃなくて、

作家としてなんですよね。だからギターに関しては、それほど関心もなかったみたいで。

ただ自分の曲を表現するためにギターがもう1本必要なんだということで

HISASHIを入れたわけなんです。彼が入ったことでGLAY字体も固まっていったし、

いろんなアレンジもするようになっていったと思いますね。

 

 HISASHIが加わっていちばん変わったのはギターソロ。

今まではTAKUROのガチャガチャした味気ないソロだったんですけど(笑)、

HISASHIが入ってからはリバーブや、いろんな機材があるぶん、プロっぽい音に

なった。アマチュアから、プロの音に変わった気がしました。

 

 HISASHIは性格的には積極的に話しかけるというタイプじゃなくて、

当時からクールでしたね。話しかけても、すぐ話が途切れてしまう(笑)。

一緒によく遊ぶようになったのは東京に出てきてからですね。

HISASHIの実家のみんなが東京に出てきたので、それでよく彼の家に行くようになって。

みんなでお酒を飲みながら、今後のGLAYの話をしたり、ライブのことや衣装のこととか、

GLAYに関するありとあらゆる話をHISASHIの家で、朝から晩までずっと話してた

思い出があります。

 

 HISASHIのファッションは、当時から固まったものがありましたね。

あの頃からずっと変わってないのは彼ぐらいじゃないですか。

ちょっとそれた時期もありましたけど(笑)。

みんなが髪を伸ばし始めて、金髪にすればロックなんだ!みたいな方向に

行ってしまった時もあったけど、HISASHIだけは全然変わらなかったですからね。

彼は、どうやらファッションには一家言ありそうです(笑)。

 

あの時、JIROの一言がなかったら、今のGLAYはなかった。

 

 GLAYがいちばん迷っていたのは、実験的に当時流行ってるバンドの

ファッションを採り入れてやってた頃ですね。そうしたらいきなりお客さんが

増え始めたんですよ。誰でもそれは誤解しますよね。こうすればお客さんは

増えるんだって。でもやっていくうちにだんだん”これでいいのか?”と

迷ってくるんです。これじゃGLAYじゃないよね、という話になるんだけど、

お客さんを集めるためにはこれしかない、みたいな。

で、その時期の僕らはお客さんに来てもらう方を選んでしまったけど、

音楽だけは、まわりのニーズに合わせなかったんです。

音楽だけは信じていたので。でも来てくれるお客さんが要求するのは、

GLAYの変わったところだったりするんですよ。

ヴィジュアル系なんだけど、僕らがたまにおもしろいことをしたり、

ハッピ着てやったり、すげぇメイクをしてトトロのぬいぐるみを着たり(笑)

することを望んでくる。そういうことをやっていくうちに、だんだんお客さんも

勘違いし始めちゃって。それでまたお客さんが増えてくる。

そこでストップをかけてくれたのがJIROだったんですね。

 

 そうやって、みんなが勘違いするちょっと前から、JIROがGLAYを手伝って

くれるようになったんですね。勘違いの頂点が聖飢魔Uのメイクをして、

髪をおっ立てて、聖飢魔Uのコピーをやろうか?という話になった時。

みんなで゛これきっとウケるよ!”と盛り上がってた時に、JIROが、

”オレはやらなくていいでしょう?オレはイヤだ!”って言ったんです。

その時に一瞬みんな冷めたけど、よく考えたら自分達は間違ってたなと思った。

で、次のライブから、そういうおもしろいことは一切しなくなった。

あの時、もしJIROが言ってくれなかったら、もっとエスカレートして、

今頃はコミックバンドになってたかもしれない。まぁそれはないですけど(笑)。

 

 JIROと初めて会ったのは、ロフトのライブの1週間前でしたね。

みんなで飲みに行こうってことで、いろんな人を呼ぼうよということになったんです。

その時は、JUDY AND MARYのユキちゃんとかも来てて。

そこにJIROも来てたんですね。で、ロフトのライブの後、ベースが辞めることに

なってたから、次のライブだけJIROに手伝って欲しいという話をしたんです。

その時のJIROは普通の坊ちゃんという感じでしたよ(笑)。

実はもう1人ベース候補がいたんです。彼はテクニックはあるんだけど、華がない。

JIROは華があって、そこそこ弾ける。だったら華があるほうがいいんじゃないかと

いうことで(笑)。そういえば、JIROはいまだに正式加入してないという噂もありますけど(笑)。

 

 

POP BEAT ’967月号(くらいだと思う/笑)

 

by MIKO

 

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